19日17時に仕事を終え、帰る途中で某有名ラーメンチェーンの店でラーメンとチャーハンとギョーザのセットを注文。まだ、客の入りが多くない時間帯なので、店長(大学の同級生)が俺の目の前に座り、談笑をしながら飯を食う。談笑と言ってもここ最近なんかコロナウイルスの話題しか出てこないんだけど、相変わらず彼はパチンコに行っている。売り上げはそこまでの影響がないらしいが、この状況が続くとヤバいんじゃないかとは言っていた。
家に帰った俺は、花粉と道路の薄汚い空気に塗れた身体を洗い尽くし、即効で眠る…と言いたいところだが、なかなか寝付けずにキリンのYOUTUBEチャンネルを眺めていた。20日が早いので、19日を休日にしますか?と言われたが、なんだか面倒なのでどっちも出ることにした。21時くらいに眠って3時半に起床して、嫁と朝食を食べた。
外は真っ暗闇で、車も全く走っていない。約2年間通っている道だが、暗闇の中を通るのは初めてだった。物凄い強風に加えて、真っ暗闇、しかし風は生暖かい。駐車場に車を停めると、1年間一緒に働いているガードマンのMさんが既に到着している。もちろん、ちょっと変わっている。そこに、集合場所を間違えたUさんがやってきてメンバーが揃う。
Mさんは、普段とは違う現場の状況に興奮しているようで、妙に騒がしい。元請けの職員が3名、ライン引きの作業員が2名、その作業員をまとめる職長が1名。そして、ガードマン3名。KY用紙を必死に抑えながら、灯りの下で記載する。朝礼も何もなく、すでにスタートしているライン引きの作業員の前後に俺とUさんが立ち、車の往来が少ない道路に出て作業開始。Mさんは端っこで車の状況を確認する。無線で連絡を取りながら作業を行う。
ライン引きの若い人が使えないらしく、ベテランの作業員が終始ぶち切れモードで作業をしていた。車の数が少なくて楽だったが、気は抜けなかった。Mさんがメチャクチャ張り切っており、どうでもいい車まで無線で連絡してくる。日が昇り始め、車の数も増えてきた。デカいトレーラーやダンプも通過し始め、道路中央部のライン引きでは車をだいぶ待たせた。信号側の俺から流そうとすると、勝手にMさんが流し始め、困る。無線で声をかけても反応がなく、何度か危なかった。作業員の動きもよく分からないので、それも困惑。終始Mさんにイライラしていたが、なんとか作業は終了。Mさんが達成感に高揚していたが、俺は疲れ切っていた。これで帰れれば最高なんだが、ここから通常業務にそのまま入り、本日の作業は5時から17時。マジで疲れたが翌日も普通に仕事だった。