青空文庫6 「虔十公園林」宮沢賢治
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青空文庫以前に文庫本で読んだ。小学生時代、重度の宮沢賢治中毒者だったがこれは知らなかった。当時は、セロ弾きのゴーシュ、注文の多い料理店、銀河鉄道の夜、月夜のでんしんばしら等の有名作ばかり読んでいた。小学生の頃は、狂ったように本を読み漁っていた。ほとんど頭の中には入っていないんだけど、感性やら感覚は十分に磨いたような気がする。原爆被害の分厚い写真集が図書館に5冊ほどあり、白黒ではあったがかなり衝撃的な写真集で、その時の迫力は未だに覚えている。勿論モザイクなどの加工もない内容だったが、それを何度も繰り返し読んでいた。何が俺をそうさせるのか全く不明であったが、とにかく夢中で読んでいた。まぁ、それは良いや。

「虔十公園林」の「虔十」は、「けんじふ」と読む。やっぱりと言うか虔十は、宮沢賢治の事である。物語を読んでいても、これは賢治自身の事を言ってるんだろうなぁと感じる。

雨の中の青いを見てはよろこんで目をパチパチさせ青ぞらをどこまでもけて行くを見付けてははねあがって手をたゝいてみんなに知らせました。
けれどもあんまり子供らが虔十をばかにして笑ふものですから虔十はだんだん笑はないふりをするやうになりました。

「教師宮沢賢治のしごと/畑山博(著)」によると、何かを発見する度に賢治はどこでもかまわず飛び上がり、くるくる回りながら、足をばたばたさせて、跳ね回りながら叫んでいたそうだ。こんなに素直で純粋な大人はいない。現代っ子ですらクールなので、身体全体で喜びを表現する人間はそう多くない。この物語の虔十は、笑わないふりをはぁはぁ息だけついて誤魔化すようになる。ある時、珍しく虔十がお母さんに「杉苗七百本、買ってろ。」と人生初めてのオネダリをする。花粉症の俺からすると700本も杉苗を植えるなんて勘弁して頂きたいが、今まで何かを欲しいと言った事のない虔十のオネダリにお父さんが快くOKをしてくれる。

「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云ひましたので虔十のお母さんも安心したやうに笑ひました。

素敵な家族じゃないか。底が固い粘土の場所に杉苗を700本植えると、近所の奴等が「あんな場所で育つかよ。やっぱ馬鹿だなー」と嘲笑う。実際その通りで、7、8年経っても育たない。他の百姓に言われ枝打ちをすると、学校帰りの子供達が杉の木の間を行進している。毎日毎日子供達が集まり、それを虔十も陰で喜んでいた。子供達の集まらない雨の日に虔十が突っ立ってると、平二(意地悪な屑野郎)がやってきて「杉を伐れ。」と言ってボコボコに殴ってくる。その後、虔十と平二はチブスで死亡する。なかなかの急展開に驚いてしまう。鉄道、工場、製糸場、田畑は町に変わっても、虔十の杉の木の間を歩く子供達は毎日集まり続けた。

ある日昔のその村から出て今アメリカのある大学の教授になってゐる若い博士が十五年ぶりで故郷へ帰って来ました。
どこに昔の畑や森のおもかげがあったでせう。町の人たちも大ていは新らしく外から来た人たちでした。
それでもある日博士は小学校から頼まれてその講堂でみんなに向ふの国の話をしました。
お話がすんでから博士は校長さんたちと運動場に出てそれからあの虔十の林の方へ行きました。
すると若い博士はおどろいて何べんも眼鏡めがねを直してゐましたがたうとう半分ひとりごとのやうに云ひました。
「あゝ、こゝはすっかりもとの通りだ。木まですっかりもとの通りだ。木はかへって小さくなったやうだ。みんなも遊んでゐる。あゝ、あの中に私や私の昔の友達が居ないだらうか。」

若い博士の「あゝ、あの中に私や私の昔の友達が居ないだらうか。」という台詞がとても良い。博士が、杉の木の間を歩いていた自分を振り返っている。思い出せば小さかった自分や友達の思い出がよみがえる。虔十の林は、子供達が集まる場所なので学校の付属の場所のようになっていた。町中の人間が売れ売れと言うなかで、虔十のお父さんは虔十の形見だから売ることは出来ないと断り続けていた。お父さんは虔十のこと好きだったもんなぁー。若い博士の案で、虔十の林は「虔十公園林」と呼ばれいつまでも子供達の集まり場として保存されることになった。

昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向ふに小さいながら農園をったりしてゐる人たちから沢山の手紙やお金が学校に集まって来ました。虔十のうちの人たちはほんたうによろこんで泣きました。

宮沢賢治に影響された沢山の人間も、虔十の林で遊んでいた子供達のように大きく世界へ羽ばたいている。宮沢賢治が後世に残したかった未来への希望、子供達の夢、自然の素晴らしさが全て詰まっている作品だ。是非読んで欲しい。

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